小説メモ

古今東西、読んだ本についてのメモ

『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ

 

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存在の耐えられない軽さ

著者ミラン・クンデラ

訳者:水野忠夫

発行所:河出書房新社

2008年4月30日 発行

 

 

 

タイトルが何とも特徴的だ。みなさんはどんな物語を想像するだろう。僕はと言えば、小兵力士がなかなか勝てないことから「存在の耐えられない軽さ」を嘆く物語、かと思いきや。

 

ぼくがこの作品を選んだ理由 池澤夏樹【編集者】

静かな生活に政治が暴力的に介入する。満ち足りた日々は抑えきれない欲望に乱される。派手なストーリーに人生についてのしみじみと深い省察が隠れている。これが現代に生きる知的な人間の姿だ。ぼくはテレザともサビナとも暮らしてみたい。

 

軸となるのは恋愛の物語だ。田舎レストランでウエイトレスをしていたテレザが、6つの偶然により高名なイケメン外科医トマーシュと出会いプラハで同棲することになって、でも彼は女遊びをやめられない(25年で200人とセックスしたそうな)というところから始まる。

 

そのまま二人の間でいざこざが起きたり、それを哲学的な言葉でちょっと分析してみたりといった形で物語が進むのかと思いきや、急にクンデラが出てきて自分の思うところをしゃべり始めたり、サビナとフランツの恋愛模様の話にとんだり、彼らの意思疎通がうまくいかないバックグラウンドの違いを小語彙集として並べてみたりと、自由気ままに進んでいく。

 

その中で「軽さと重さ」「心と体」「キッチュ」といったモチーフに登場人物を通していろいろな角度から触れていくうち、いつの間にか彼らに親密な気持ちを抱かされている小説だった。

 

本書での「軽さ」について付録で池澤夏樹がうまく書いていたので抜粋。

自由の軽さの耐えがたさ 池澤夏樹

決心が軽いのは、人生が一回しかないからだ、と作者は言う。ニーチェは、「永遠の回帰」という説を提起してすべては繰り返されると言ったけど、クンデラはそれを否定する。すべての事象は一回しか起こらない。だから失敗の結果も一回分に留まる。それならばことを軽く決めてもいいではないか。軽く決めるしかないではないか。

 

百冊作られる本ならば誤記・誤植が百個に増殖しないよう丁寧に校正する。しかし一冊しか作られない写本は、誤記は一個に留まるのだから、校正もいい加減でいい。ぼくたちの人生は後になって誰も読みそうにない一冊だけの本なのだ。

 

読んでて思いついた作品のお勧め
○『春琴抄』 谷崎潤一郎
トマーシュを追ってテレザがプラハに向かうように、この作品では盲目華麗な春琴を追っていく。 短いし献身的な愛が美しく描かれていてとてもお薦め。

○『箱男』 安倍公房

冷蔵庫が入るような段ボール箱を頭からかぶり、小さい窓をつくることでいつでもどこでも覗く側でいる男の話。箱男はいたるところに生息しているようだがキッチュにより誰にも見えない。作者や時間軸が断りもなく移り変わり、狂っていて面白い。